昭和41年創業。
本場讃岐の味を手軽に食べていただきたい、
そんな想いから
饂飩の四國は生まれました。
本場讃岐で始めての
セルフ式うどん店
饂飩の四國は創業者石田務が地元香川県で立ち上げました。当時の名前は「うどんの専門店です・四国」。丸亀市中府町に1号店を開業し、以後地元での出店のほか大阪堺市を始め東京へ進出するなど、「讃岐うどん」 を全国に広める足がかりとなりました。この歴史的うどん店の第1号店は、10坪で15席という小さな店舗でしたが、本場讃岐で始めての「セルフ式うどん店」であり、当時かけうどん一杯20円という安さで大繁盛しました。このうどん店は、うどん玉を受け取り、自分でテボに入れお湯の中に入れて温め、ダシタンクに入ったかけ汁をコックをひねり(当時は大正カランが多かった)好きなだけ入れ、薬味のねぎと生姜も同じく自分で好きなだけ入れて食べ、食器は自分で片付けるという殆ど現在と同じ方法でした。今ではセルフ式うどん店は多いですが、開始当初はお客様に受け入れられるのに時間がかかりました。
香川で成功を収め、その後大阪へ進出。
価格は安いが味は本物。その噂を聞きつけて全国各地から、このうどんを食べにくるお客様で連日大盛況でした。その証明として、その3ヵ月後に丸亀市内の繁華街であった「通り町店」が開店しましたが、当時その2店で一日6,000食ものうどんが売れていました。この勢いは香川県では留まらず、昭和43年7月に大阪の堺市に堺店が開業いたしました。当時「四国うどん・堺店」では一杯50円で販売し、その安さと美味しさで多くのマスコミにもとらえられ大阪に一躍有名店として成功を収めました。
2000年7月7日
饂飩の四國西梅田店のオープン
以前までのうどん専門から、昼は本格さぬきうどん、夜は焼き鳥や手作り豆腐を中心にした、酒の肴を用意して「うどん居酒屋」の展開を開始しました。本格さぬきうどんとしては、出汁を瀬戸内産のいりこを使って出汁を取り、メニューは、地元ならではのメニュー表記(あつあつ、ひやひや、ひやあつ)を用いて販売。釜玉うどん、生醤油うどんなど本番讃岐うどんをコンセプトに営業スタイルの変更を行いました。
飲んで食べての食事が
完結できるスタイルを考案
夜は大山地鶏の焼き鳥などを充実した、一品メニューとお酒が飲める店として、最後に〆うどんを召し上がっていただき、飲んで食べての食事が完結できるスタイルが人気となり、第二次饂飩の四國の展開店舗として、2000年11月フレスト香里園店、2001年4月アクタ西宮店を皮切りに、関東圏7店舗、関西圏8店舗と拡大してきました。
これからも美味しいうどんを
お客様へ提供し続けます。
饂飩の四國はそれまでの常識を打ち破り、うどん店は数でこなすものということを実践し、安くてうまいものはこれだけ売れると言う事を証明したのでした。饂飩の四國が今までに積み上げて来た実績は、本場讃岐で始めてセルフうどんを成功させ、又讃岐うどんの可能性を全国に紹介し、現在の讃岐うどんの繁栄を築く先鋒としての大変大きな役割を果たしていたと思います。
讃岐で培った技術で
本場の味をお届けいたします。
その日の天気に
聞いてから、
うどんを打つ
独特のコシと風味のある、饂飩の四國のうどんは、独自の配合でブレンドした小麦から作っています。原材料がシンプルな分、素材にとことんこだわっています。また、うどんは打ちたてが命ですので、各店舗に製麺機を設置し、茹でたてうどんののどごしの良さと味をどうぞお楽しみください。
だしにもこだわります
饂飩の四國では、だしにもこだわっています。いりこは瀬戸内近海の高品質物。良質の醤油は小豆島産。塩は瀬戸内海の海水で作られた自然塩。これら厳選素材から丁寧にだしをとっています。風味豊かなあっさりとした、だしをどうぞお召し上がりください。